蕨駅よりさいたま新都心まで
前回の中山道歩き蕨城跡までで降雨の為中止となってしまった、今回改めて蕨駅に9時半集合してさいたま新都心までの行程となった。降雨を心配していたが前々日から好天気、気温が上がってしまい30度以上の夏日、頻繁な水の補給と適宜な休憩を心掛けなければいけない。皆さんに前回半分も歩かなかったので参加費徴収しないことをお伝えする。
最初の見学地、蕨市最大の寺院真言宗三学院に向かう、横道から入ったが最近改築された大きな本堂・三重塔などが光り輝いていた、山門天井の竜絵、参道に梵字でカヤグリーバと彫られた馬頭観音、現在も眼病の治癒を祈願して目に味噌を塗った地蔵菩薩など珍しい石仏群が並んでいる。蕨宿石塔から17号国道を横切って北に向かう、道は細いが時折曲がりくねって古道を彷彿させている。宝蔵院・春日神社で小休憩、歩き始めて間もないが緑の木陰が有難い。さいたま市内に入り、外環道の下に小さく囲われた弁財天石仏と一緒の中山道辻一里塚跡を見学する、ここも整備されたのは最近である。
三学院
車に気を付けながら一列縦隊を守って旧中山道を進む、六辻交差点で再度17号を横切ると道はさらに狭くなった、いよいよ日本橋を発して最初の大きな坂(昔元気づけに焼き米を売っていた)焼米坂である、急な坂の横に案内石碑が立っている、参加の皆さんには事前にきつい長い坂があると伝え過ぎたのか「大したことないわね」と言われてしまった。
焼き米坂
坂を上がると岸町に入り浦和宿へと向かう、昼食休憩地である式内社調(つきのみや)神社に到着、律令時代の税である調を集めた場所が神社になったらしい、つきの音が月と合うので月待信仰と結びつき狛犬も狛兎となって両脇に並んでいる。本年は兎年なので御朱印を求めたメンバーも。
調神社 記念撮影
浦和宿の繁華街に入ると名物鰻屋の暖簾が目に留まる、平安時代創建と言われる玉蔵院を訪問、本堂横のしだれ桜の古木が江戸時代中期建造の建物とマッチしており、開花期はさぞやであろう。二七の市場跡を横に見て北へと進む、新浦和橋を潜るとすぐ横が浦和一里塚であるが残念ながら何も残っていない。
玉蔵院
浦和橋でJR線を横切って北浦和駅前に到着、すぐ近くの北浦和図書館で休憩をとり一息つく、会話の中で「昔この横の細い道に素敵な酒場があって有名なミュージシャンがピアノを弾いていたな」などと怪しい会話が弾んだ・・、
少し歩くと左側に慶長年間創建廓信寺の参道、仁王山門を潜ると付近で幕末に起こった敵討の供養塔やさつま芋紅赤発祥地の碑が目に付く。大原陸橋の横に正徳4年制作の庚申塔、丁寧に作られており講中の方々の熱心な信仰が伺えるなかなか立派な青面金剛像である。
廓信寺
さらに進むと与野駅入口、十数年前まで駅前交差点に大きなケヤキの木があり立派な景観であったが現在は駅に切り株が飾られているだけだ。
北浦和駅、与野駅で若干名リタイアしたが大部分の方々は到着地さいたま新都心駅にほぼ定刻15時半に到着できた、暑い中皆さん頗る元気でした。次回は9月16日(土)さいたま新都心駅9時30分集合です。 (写真小俣 記寺内)