由緒ある建物が並ぶ桜並木
入り口から由緒ある建築物ですが、この「たてもの園」は江戸東京博物館の分館として開園した野外博物館で(その前にも小規模な展示場があったようです)現地保存が不可能な文化的・歴史的価値の高い建造物を移築・復元し、保存・展示することにより、貴重な文化遺産として次代に継承することを目的としています。江戸時代から昭和中期に都内にあった民家、商店、住宅など約30棟の建物がまるでテーマパークのように当時の街並みを再現しています。埼玉県の自治体にも民家園はありますが、ここまでの規模と運営体制はありませんので、大変うらやましい施設です。
建物の数が多いことや家屋内は一度に入れる人数制限があることから、見学は少人数に分散して自由に行うことにしました。赤いボタン桜の並木道風の街路に立つ建物はそれぞれ趣があります。入り口には建築時期や居住者などの説明パネルがあり、大体の概要を知ることができます。また、必ず専任の担当者がいますので自由に質問もでき、建築物の細かい仕様や移築にかかわる経緯などを知ることができます。
園内見学を午後1時までとしましたので、参加者もとうてい全部を廻ることはできませんでしたが、主な建物をあげると―三井八郎右衞門邸、吉野家(農家)、八王子千人同心組頭の家、前川國男邸、小出邸、デ・ラランデ邸、高橋是清邸、西川家別邸、伊達家の門、小寺醤油店店、鍵屋(居酒屋)、子宝湯、武居三省堂(文具店)、村上精華堂、大和屋本店(乾物屋)―などがあります。いずれも面白そうです。本当に全部見学したら1日では足りないでしょう。また、園内にはうどんの店やカフェもあり、ベンチや休憩所も多数設置されています。広い野外にも石造物、古墳など(これも移設)面白い文化財があります。
玉川上水(用水)を歩く
午後からは建物園に残る参加者とふた手に別れ、公園すぐ隣を流れる玉川上水を散策しました。玉川上水(用水)は江戸時代前期の1653年(承応2年)に多摩川の羽村から江戸・四谷までの建設された用水路で全長42.74キロメートルです。玉川上水はすべて現在の東京都を流れていますが、小平市付近で野火止用水を分流し、新座市の平林寺を経て埼玉県志木市の新河岸川に至る全長約24Kmの用水路となっています。野火止用水は、承応4年(1655年)、徳川幕府老中の松平伊豆守信綱によって開削された用水路ですから、玉川上水開削後すぐに作られていますので玉川用水と一体として計画されたことは明らかです。玉川上水、野火止用水など多くの用水路は飲料水ばかりでなく、武蔵野の農地に水を供給し、江戸初期の新田開発によって、農業生産にも大いに貢献しました。
建設当時、この付近の用水路堤防には桜が植えられ「小金井桜」として知られる名所になっていました。堤を押し固めるという効果があったとされていますが、人々のお祭り気分を盛り上げるのに一役買ったのではないでしょうか。
現代の我々はこの遊歩道上を三鷹浄水場付近のJR武蔵境駅に向かう道まで約1時間、サクラと春の花々を眺めながら歩きました。優雅な散歩ではありますが、気になったのは、遊歩道中盤の用水の管理状況です。篠竹などのうるさい藪が川を覆って水面などまったく見えません。三鷹に近づく頃はモミジなどの植栽も増えてよい感じになってきましたが、市民の関心の度合いが違うような気がしました。(筑井 記)